成長を促す「失敗できる環境」の作り方

生田目:先ほどお話しいただいた「発信できるスキル」は、一朝一夕に身につくものではないと感じます。そのスキルを、あるいはそれ以上に大切な何かを育んでいくために、保護者や私たちのような支援者ができることはあるのでしょうか?

鳥井:そのスキルを育む土台として、もう一つ重要だと考えていることがあります。それは、少し意外に聞こえるかもしれませんが、『失敗する経験』です。

生田目:失敗、ですか。親としては、わが子にはできるだけつらい思いをさせたくないと、つい失敗させないように、転ばぬ先の杖を差し出してしまいがちですが……。

鳥井:そのお気持ちは、痛いほどよくわかります。ですから、私たちが提供すべきなのは、心が折れて再起不能になってしまうような「大失敗」ではありません。本人が過大な負担を感じることのない、安全が確保された環境のなかで経験する、いわば「軽いつまずき」です。そうした失敗の機会を意図的に作ってあげることが、実はとても大切なのです。


生田目:なぜ、その「軽いつまずき」が必要なのでしょうか?

鳥井:失敗を経験することで、人は自分自身が得意なこと、そして苦手なことを客観的に知ろうとする「自己認識」が進みます。そして、ありのままの自分を受け入れる「自己受容」につながっていくのです。

 このプロセスなくして、本当の意味での成長は難しいと考えています。もちろん、安心できる訓練の場での練習も大切です。しかし、「練習だから失敗しても大丈夫」という環境でうまくいっても、いざ本番の職場で同じようにできるとは限りません。ストレスや予期せぬ環境の変化があるなかで、初めて自分の本当の姿がみえてくるものだと思うからです。

生田目:確かにそうですね。

鳥井:だからこそ、私たちは企業実習のような、本番さながらの緊張感がありつつも、何かあれば支援者がすぐに介入できる『守られた環境』を重視しています。そこでたくさん失敗して、『自分はこういう場面で焦ってしまう』とか『こういう頼み方をすれば、助けてもらえるんだな』と学んでほしいのです。どうすれば失敗を乗り越えられるのか、自身の力で考える経験そのものが、本当の意味での『生きる力』になっていくのだと、私たちは信じています


多様性の本質――「脳が当たり前と認識する」社会へ

生田目:
今、多くの企業が、法律で定められた障がい者雇用率を達成することに懸命になっているように感じます。しかし一方で、「法律で決まっているから」という義務感だけで動いていては、本質的な共生社会にはつながらないのではないかという、一種のもどかしさも感じています。法律を超えたところに、私たちはどのような目的を見出せばよいのでしょうか。

鳥井:それは、私も感じています。企業研修などで常に問いかけている、非常に重要なテーマです。そもそもなぜ私たちは、多様性を推進しなければならないのか。法令遵守のためなのか※。

 人手不足を補うためか。それらも一つの側面ではありますが、本質ではありません。私が考える本当の目的は、障がいのある方と共に働くことを通じて、それが社会にとって「当たり前」になるためです。では、一体何が「当たり前」になるのか。それは、私たちの「脳」です。

※障がい者の法定雇用率を未達成の企業は、不足人数に応じた障害者雇用納付金を国に支払う必要があります。特例子会社を設立し、障がい者の法定雇用率を達成できれば、上記納付金の支払いを回避または軽減することができます。

生田目:
脳、ですか?

鳥井:はい。今の日本社会で生きる私たちの脳は、残念ながら、自分と違う価値観をもつ存在がすぐ隣にいるという状況に慣れていません。単一民族に近い環境が長く続いた島国ですから、ある意味、仕方がないのかもしれません。だからこそ、障がいのある方と接するときに「配慮しなければ」と意識的に考えてしまい、それが心のバリアになってしまいます。

 多様性の推進は、いわば、この脳の状態をアップデートするための、社会的なトレーニングです。人種も文化も多様な人々と共に生きるのが当然の大陸の国々のように、さまざまな人がいる状況を、私たちの脳が「無意識下」で認識できるようになること。それこそが、本当のゴールだと私は考えています。


生田目:なるほど……。脳が当たり前と認識する。非常に腑に落ちるお話です。そうなれば、「配慮」ということばすら必要なくなるのかもしれませんね。

鳥井:まさしく、その通りです。私は、企業の方々に「配慮ということばに引っ張られすぎないでください」ともお伝えしています。このことばには、どこか「してあげる」という上下関係のニュアンスが含まれがちです。そうではなく、アメリカなどで使われる「合理的な調整」や「合理的な変更」ということばで捉えてみるのはどうでしょうか。

 できない部分を補うために、対等なパートナーとして、お互いの業務を「調整」する。その視点をもつだけで、現場の心理的な負担は大きく変わるはずです。

生田目:よくわかりました。脳が変わり、ことばが変わる。まさに社会のOSが書き換わるような、大きな変化ですね。そうなれば、電車でお年寄りに席を譲るように、誰もがごく自然なこととして、隣で困っている人に手を差し伸べられる社会が実現できる。そう強く感じました。