治療より予防を。歯は安心して専門家に任せましょう

Q6 うちの子、治療中に絶対体が動いてしまいそう・・・

A6 安全のためには、子どもに負担の少ない器具で体を固定することがあります


 むし歯が痛むなど緊急性のある治療なのに、子どもが暴れて口の中を傷つける危険がある場合は、保護者によく説明し、同意書をいただいたうえで、身体抑制具を使用することがあります。むし歯を放置すれば悪化してますます子どもが苦しみますし、身体抑制具を使うほうが短時間で安全に治療できるからです。歯科医院の身体抑制具は、定型発達のお子さんでも使うことがある一般的な道具ですので、不安にならなくても大丈夫です。体に網を巻きつけるソフトなもので、タオルで体を保護してから使用します。慣れてきたら体の下に器具を敷くだけで網は巻かないなど、タオルだけにすることもあります。


▲「レストレイナー」という安全を考慮して使用する身体抑制具。体をバスタオルなどで覆ったあとに網を巻き付けて固定します

 予期せぬ動きに対処するために「ラバーダム防湿法」を使うこともあります。治療する歯だけをゴムのシートで隔離することで、誤飲、誤嚥、粘膜損傷などの医療事故を防止する方法です。歯の乾燥状態を維持できるので治療の精度もあがりますし、舌を傷つける危険性も減ります。口を開いた状態を維持するのが難しい子には、ストッパーのような「開口器」を使うこともあります。


▲ラバーダム防湿法。「ラバーダムシート」という薄いゴム製のシートで治療する歯だけを口の中から隔離し、唾液や細菌の混入を防ぎます


▲開口器。口に金属が直接触れないように、ガーゼで保護して使用しています


▲開口器の使用イメージ

 身体抑制具などを使用した場合は、治療後の対応も大事です。身体抑制具だけが子どもの印象に残り、トラウマのようになってしまうからです。治療が終わった後は、できれば身体抑制具を使わない歯のクリーニングだけで通ってもらい、歯医者は楽しく歯磨きをする場所、という印象に変えていく工夫が必要です。

 特に、パニックで暴れてしまうお子さんは、むし歯になった後の治療よりもむし歯を作らせない「予防」が非常に重要です。最初にも言いましたが、できれば歯医者さんにはむし歯ができる前、乳幼児のうちから通い始め、むし歯予防に努めましょう。

Q7 それでも子どもがパニックを起こしたら?

A7 冷静さを保ち、ゆっくり落ち着くのを待ちましょう


 そのようなとき、歯科医は、「大丈夫?」などと子どもに駆け寄ることはありません。保護者に断った上で治療室の外に出て、子どもとの間に時間と距離を置きます。そのほうが子どもも歯科医自身も安全だからです。

 このとき大事になるのが、保護者が冷静さを保つこと。つい歯科医に余計な時間を取らせることや迷惑をかけることを気にしてしまいますが、そのような焦りは必ず子どもに伝わりますので、逆にパニックが収まりにくくなってしまいます。まずは保護者がゆったり構えることを心がけましょう。

 パニックになりがちなお子さんの場合、平日の午前中など、患者が少ない時間帯に予約を取るのもいいでしょう。そのほうが保護者も心にゆとりがもてますし、ほかの子の泣き声など刺激となる要素も少ないからです。

Q8 先生が発達特性のある子の治療で特に大事にしていることは? 

A8 子どもと同じくらい保護者にも寄り添い、その負担を減らすことです


 一般の歯科は、「患者さんと歯科医」という直線の関係になることがありますが、小児歯科の場合は「お子さん、保護者、歯科医」という三角形の関係です。保護者からお子さんの情報をしっかり聞き取って、私たちにできることを見つけるのはもちろん大事。

 ですが、同じくらい大事なのが、頑張って子どもを連れてきてくれる保護者に寄り添うことです。なるべく保護者の負担を減らしつつ、一緒にその子にとってのベストな方法を考えたいと思っています。

 小児歯科専門医や障害者歯科認定医※は、子どもや保護者に安心して通ってもらうためにいる、と私は思っています。だから、まずは全部私たちに任せてください。「大声を出してしまうのでは」「暴れてしまうのでは」という心配は無用です。そういった事態に対応するのが専門医・認定医の役割だと思っています。

※小児歯科専門医や障害者歯科認定医:「日本歯科専門医機構認定 小児歯科専門医」と「日本障害者歯科学会認定 障害者歯科認定医」のことを指します。

 ただでさえ保護者は発達特性のある子どもの体のことやコミュニケーションの問題などで大変な思いをされています。せめてお口のケアぐらいは、専門家である歯科医や歯科衛生士を頼ってください。家庭でできないことは私たちがします。奥歯が磨けないなら、奥歯は私たちに任せて、家庭では前歯だけを磨いてもらえたら十分だと私は思っています。保護者やお子さんから「この先生なら安心」と思ってもらえるように、その笑顔が増えるように、これからもしっかり三角形の信頼関係を築いていきたいと思っています。


島津 貴咲(しまづ きさき)さん

歯学博士。日本歯科専門医機構認定 小児歯科専門医、日本小児歯科学会 代議員、日本障害者歯科学会認定医。2002年、日本歯科大学歯学部を卒業。2007年、日本歯科大学大学院生命歯学研究科臨床系専攻(小児歯科)を修了。2010年、日本歯科大学生命歯学部小児歯科学講座助教に就任。2013年、同講座講師に。2016年から医療法人社団百瀬歯科医院 歯列育成クリニック院長を務め、2022年に杉並ペディアトリック歯科を開業する。予防と歯並びに特化した小児専門の歯科クリニックとして、障がいのある子どもの治療を積極的に受け入れている。著書に「どう診る?どう育てる?子どもたちの歯列と口腔機能」(クインテッセンス出版)があり、講演活動も多数。

こちらの記事もおすすめ