お話をうかがったのは、
早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 梅永 雄二(うめなが ゆうじ)さん

慶應義塾大学文学部を卒業後、障害者職業センターカウンセラー、障害者職業総合センター研究員として勤務。休職して筑波大学大学院で自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障がいについて学び、復職。その後、明星大学、宇都宮大学を経て、2015年から早稲田大学教授に就任。自閉スペクトラム症を中心とする発達障がい児・者のキャリア教育や社会参加、就労支援を主に研究している。

自閉スペクトラム症は「脳の多様性」の一つと捉えてみましょう

Q1 自閉スペクトラム症の人にはどんな特性があるの?

A1 特性のあらわれ方は、個々によって幅があります

 
 ひとことに自閉スペクトラム症といっても、あらわれる特性はさまざまです。一つの考え方としては、大きく分けて「知的障がいを伴う」場合と、「知的障がいを伴わない」場合があります。後者は、以前は「アスペルガー症候群」と呼ばれていました。この二つのそれぞれの特徴と共通した特徴の一例を以下に挙げます。

●知的障がいを伴う自閉スペクトラム症の特徴の一例
・ことばが出づらい。出ても相手のことばをオウム返しする
・激しいかんしゃくを起こすなど、パニックになる傾向が高い
・他人とアイコンタクトができない。もしくは少ない
・手をひらひらさせたり、体を前後にゆすったりするなどの独特の行動がある

●知的障がいを伴わない自閉スペクトラム症の特徴の一例
・友達がいない、もしくはほしくない
・友達をほしいと思ってもつくり方がわからない
・表情に乏しく、怒っているように見られることがある
・他人の表情から感情を読みとるような社会的コミュニケーションができない
・自分と異なる他人の気持ちがわからない
・興味の範囲が狭く、深い
・運動が苦手で不器用
・変化に弱い
・感情のこもらない機械的な話し方をする
・自分の好きなことだけを話し続ける
・物事の一部分のみを見て、全体をまとめることが難しい

●知的障がいの有無関係なく共通した自閉スペクトラム症の特徴の一例
・他人に無関心で、友達に興味がない
・一つのことにずっと固執する
・一つのことに集中しすぎてしまうがために同時にほかのことができなくなってしまう
・物を置く場所を変えるなどの変化を嫌う
・特定のにおいや音に敏感

 かつては知的障がいを伴う場合と伴わない場合をそれぞれ分けて診断していましたが、今ではASD(Autism Spectrum Disorder: 自閉スペクトラム症)という大きな傘の下にこの二つが含まれるとされています。

 自閉スペクトラム症にマイナスのイメージをもつ方は多いかもしれませんが、じつは、アルベルト・アインシュタインやアンディ・ウォーホル、ビル・ゲイツなど、世界的に有名な科学者や芸術家、実業家のなかには、自閉スペクトラム症の特性をもつ方が少なくないのです。学者の間での感覚的な推測にはなりますが、東大生や一流のアスリートのなかにも自閉スペクトラム症の特性をもった人がいるという話です。

 自閉スペクトラム症の特性をもつ人の1割ほどに見られるサヴァン症候群(※1)というものもよく知られています。この特性をもつ人は、一度聞いた曲をすぐに演奏できたり、膨大な数字を使って瞬時に計算ができたり、写真と見まがうような精密な絵を描けたりと、特定の分野で驚異的な能力を発揮することがあるのです。

※1 サヴァン症候群:知的発達に遅れや障がいがある一方で、特定の分野(例:音楽、計算、記憶、絵画など)において際立った才能や能力を発揮する状態のこと。自閉スペクトラム症のある人にみられることが多い。

 これらのように、自閉スペクトラム症の人には多様な特性が連続的に存在すると考えられています。このような意味で、虹の七色に代表される、もっとも波長の短い紫からもっとも長い赤まで連続して変化する光のスペクトルになぞらえ、「自閉スペクトラム症」と呼ばれるようになったのです。


Q2 保護者が自閉スペクトラム症の子どもを理解するには、その特性をどのように捉えればいいの?

A2 自閉スペクトラム症の子の脳のはたらきは「レールの上を一方向に走る貨物列車」のイメージと捉えるとよいと思います


 発達障がいが見られない「定型発達」の子の脳のはたらき方は、わかりやすくたとえるなら自家用車です。車を運転している途中で喉が渇いたら、車を止めて自動販売機でジュースを買うことができますし、忘れ物に気づいたら家に戻って取ってくることもできます。臨機応変な対応が可能です。

 一方、自閉スペクトラム症の子の脳のはたらき方は、個人によって異なるとは思いますが、多くの場合は貨物列車のイメージです。レールの上を一方向に、目的地に着くまでひたすら走ります。喉が渇いても忘れ物に気づいても、降りたり戻ったりはできません。でも、貨物列車は自家用車の何百倍もの荷物を運ぶことができますよね。勢いや粘り強さがあるのです。

 この二つの乗り物は用途が違うので、同じ基準で捉えることはできません。自閉スペクトラム症の子と定型発達の子も同じです。

 この二つは生まれてきたときの文化が違う、と理解するのがいいのではないでしょうか。文化が違うのですから、自閉スペクトラム症の子を無理に「変えよう」とか「治そう」とすべきではありません。豚肉を食べない文化で育った人に、無理やり豚肉を食べさせたりはしませんよね? そういう人には豚肉の入っていない食事を用意すれば、みんながおいしく楽しく食事ができます。

 知的障がいがない場合でも、自閉スペクトラム症の子どもは脳のはたらきに極端なバラつきがあります。たとえば、「算数は100点なのに国語は0点」、「記憶力にすぐれて知識豊富なのに、想像力や社会性に乏しい」といった場合が挙げられます。記憶力はいいのに相手の気持ちへ想像力をはたらかせるのが難しいために、太ったことを気にしている人に「先月と比べてすごく太ったね」などと言ってしまい、仲間の輪にうまく入れず、一人浮いてしまうことがあるのです。

 こうした自閉スペクトラム症の特性を、「あれもこれもできない。だからできるようにしないと」という受け止め方をすると、本人も保護者も苦しくなります。自閉スペクトラム症とは「脳の多様性(ニューロダイバーシティ)」の一つだと捉えてみるのはどうでしょう。社会には、男性、女性、どちらでもない人、どちらでもある人など、さまざまな人がいますが、それが社会の自然な姿です。バラつきがある脳も、凸凹がある脳も、存在することが自然なのです。