お話をうかがったのは、
保育士・相談支援専門員 中野 幸子(なかの ゆきこ)さん

保育士、相談支援専門員、児童発達支援管理責任者。1978年、埼玉県越谷市役所に入職し、同市の公立保育園に勤務。2007年、知的障がい児施設に異動。2013年、児童発達支援センター副施設長に就任。2017年4月~2025年3月、社会福祉法人遍照会に勤務。発達特性のある子どもを受け入れる保育園の園長を務め、職員とともに療育の基本を学びあい続けた。2025年6月よりあさか保育人材養成学校校長に就任。保育士として約47年間勤め、さまざまな特性をもつ子どもたちや保護者と真摯に向き合ってきた療育保育のスペシャリスト。東京都新宿区内の保育園で療育コンサルタントおよび保護者様の相談者としても活動予定。

保護者は何も悪くない。ひとりで抱え込まないで

Q1 子どもの発達特性、どのように向き合えばいいの?

A1 すぐに受け入れられないのは普通のこと。焦らずに時間をかけて大丈夫です


 障がい受容の過程を、混乱から回復までの段階的なものとして説明する「障がい受容の段階説」というものがあります。


図1 障がい受容の段階説(障害受容の段階説【Drotar,et al.(1975)】をもとに作図)

 わが子に発達特性があるとわかったとき、すぐに受け入れられないのは、ごくごく普通のことです。保護者にとって、それは大変大きな「ショック」だからです(図1の「Ⅰ ショック」)。
 最初は何も考えられないかもしれません。やがて、「うちの子は違う」「そんなはずはない」と、現実を否定するようになる方が多いと思います(図1の「Ⅱ 否認」)。

 なかには「私だって子どものころは忘れ物が多かった。でも今は社会人として立派に働き、会社で要職にもついている。だからこの子も大人になれば大丈夫なんだ」と頑なにおっしゃる方もいます。

 「否認」の次に来るのが図1の「Ⅲ 悲しみと怒り」の段階です。「あの子がかわいそうだ」「なぜ私だけがこんな目に遭うのか」という気持ちが、保護者に押し寄せてきます。子どもの前では明るく振る舞っても、夜ひとりになると涙を流す方も多いかもしれません。

 この「悲しみと怒り」の段階はとても大切です。ここを乗り越えると、人は現実を受け入れ、その現実に適応し(図1の「Ⅳ 適応」)、前を向いて歩けるようになるからです(図1の「Ⅴ 再起」)。

 では、悲しみや怒りを感じたときは、どうすればいいのでしょうか。
 遠慮せずに思いっきり泣きましょう。泣くことは心を整えるためにとても大事なことです。ひとりで泣ける場を確保して、怒りをぶつけたり、マイナスの言葉を叫んだりして、遠慮せず心を解放することも大切な時間でしょう。

 しかし、思い切り泣いて気持ちを解放したら、すぐにお子さんの障がいを受け入れられるようになるわけではありません。それを示すのが、「障がい受容の螺旋形モデル」(図2)です。


図2 障がい受容の螺旋形モデル(中田洋二郎(1995)「親の障害の認識と受容に関する考察 -受容の段階説と慢性的悲哀-」内の「障害受容の螺旋形モデル」をもとに作図)

 人の心は複雑です。保護者のなかには障がいを肯定する気持ちと否定する気持ちの両方があり、あるときは障がいのあるわが子を丸ごと受け入れようという気持ちになったとしても、しばらくするとまた子どもの「できないこと」ばかりに目がいって落胆し、障がいを否定するような気持ちになるものです。

 その過程は段階ではなく連続したものであり、すべてが適応の過程である、という説もあるようです。

 気持ちが揺れたとしても、焦る必要はありません。これまで多くの保護者と接してきたなかで私が言えるのは、多くの方が、肯定と否定を繰り返していくうちに、だんだんと否定する時間が減って肯定する時間が増えていき、発達特性のあるわが子を心から受け入れられるようになっていく…ということです。

 しかし注意したいのは、矛盾するようですが、障がいの受容に至る時間は人によってまったく異なり、なかには数十年経っても受け入れられない方もいるということです。両親や祖父母の間でも、この時間に大きな開きがあるということは心に留めておきましょう。

Q2 発達障がいが疑われる子には病院等で診断名をつけてもらうべき?

A2 その子に合わせた療育ができればどちらでもいいと思います


 わが子に発達障がいの診断名がつくことを嫌だと感じる保護者もいれば、積極的に診断をしてほしいと感じる保護者もいます。前者は、わが子によくないレッテルを貼られるようでつらいと感じ、後者は、診断名がつくことで「この子がこうなのは私の育て方のせいではないんだ」と納得しながら一歩前に進もうとしているのかもしれません。

 診断名をつけるかつけないかは、正直、どちらでもいいのではないでしょうか。インフルエンザなどの病気とは違い、発達障がいには、完治させるための特効薬はありません。診断名がついたからといって、即時治療がはじまるわけではありません。

 診断名の有無に関わらず、保護者はその子の特性をよく見極め、その子に合った、幸せを感じてもらえる育て方をすればいいのだと思います。

 ただし、学校や幼稚園から、専門機関で診断を受けるよう求められることはあるでしょう。先生方には、診断名をはっきりさせたほうが子どもに対処しやすいと考える傾向があるからです。また、集団生活をスムーズに楽しく継続してもらうため、手厚い保育が必要とされます。そのため、保育士加配手続き関係により療育手帳などの申請が必要とされる場合があります。

 取得しようか悩む保護者から相談を受けたときに、私がよく話すのは、療育手帳は決して“レッテル貼り”ではないということと、「お得な特典いっぱいのサービス券*だととらえて、どんどん活用しましょう!」ということです。

*療育手帳による割引の内容や対象は、自治体や施設によって異なります。また、等級によって適用条件が異なる場合があります。詳しくはご利用先やお住まいの自治体にご確認ください。

Q3 子どもの発達特性を受け入れる効果的な方法はあるの? 

A3 小さな目標を立て、成功体験を積み重ねるのがおすすめです


 どんなに重い発達障がいをもつ子でも、年を重ねれば必ず心身は成長します。「障がい=ずっとできない」という偏見を捨て、子どもも保護者も成功体験を積み重ね、ゆっくりと受け入れていくことを心がけてください。

 方法は難しくありません。小さな目標を具体的に立て、それを日々達成していきましょう。たとえば、外出すると泣いてばかりいるお子さんの場合、「今日は5秒泣かないでいよう」という目標を伝え、達成できたらお子さんをたっぷりほめてあげます。

 5秒ができるようになったら10秒、10秒ができるようになったら20秒と、どんどん成功体験を積み重ねていけば、子どもは「自分はできる!」という自信をもちます。保護者も「この子はできる!」「これからも成長していくんだ!」という気持ちになり、子どもの発達特性を受け入れることができるようになっていくのではないでしょうか。

 心がけるのは、子どもの行動に目を配り、少しでもできるようになったら、たくさんほめてあげること。そして、子どもにしてほしい行動や指示は、具体的に示すことです。たとえば、「テーブルに乗らないで」と言われてもわからない子も多いので、「テーブルから降りて」と伝えましょう。

 子どもがうまく目標をクリアできなくても、落ち込む必要はありません。大人になるまでに、少しでもできるようになっていればいいのです。できなかったときも、子どものことを「よく頑張ったね」と肯定してあげてください。

 不思議なことに、保護者から肯定されると、子どもはグンと成長します。保護者の接し方が変わるだけで、子どもはどんどん伸びるのです。


Q4 発達特性の受け入れがネックになるのはどんなこと?

A4 周囲からの否定の言葉や無理解です。でも解決策はあります! 自分から理解者を見つけに行きましょう!


 障がい受容の最大のネックは、発達特性や障がいのある子、そしてその保護者を、周りの人が奇異な目で見たり、否定の言葉をかけたりすることです。これらをされると、保護者は自分を否定し、子どもをも否定するようになります。

 そういうとき保護者は「この子は悪くない」「私は悪くない」と何度も繰り返し心の中で唱えましょう。実際、子どもに障がいがあるのは誰のせいでもないのです。そのことを、しっかり自分の心に叩き込んでください。

 周りに理解者がいないことも、障がい受容にはマイナスです。理解者は、配偶者や祖父母、親戚とは限りません。身内ではない人のほうがよき理解者になる場合もあります。協力してくれる人、心の支えになってくれる人を、「自分から」見つけに行きましょう。

 勘違いしてはいけないのは、「協力者」とは、卑屈になってペコペコする相手ではない、ということです。保護者の役目とは、頭を下げ続けることではなく、「あなたのためなら半日この子を預かるよ」とほかの誰かから言ってもらえるような人間になることです。そのためには、保護者も後ろ向きでひきこもってばかりいないで、行動しなければなりません。ぜひ、ご近所さんやママ友たちから愛されるママ・パパを目指してください。

 さらに、同じような障がいをもつ子の親とつながることもとても大切です。同じ経験をしている彼ら彼女らは、保護者の気持ちを誰よりも理解してくれますし、ずっと励まし合える「同士」になってくれるはずだからです。