お話をうかがったのは
慶應義塾大学 文学部 
准教授 北 洋輔(きた ようすけ)さん

博士(教育学)・公認心理師・臨床発達心理士・特別支援教育士SV。2011年に東北大学大学院教育学研究科を修了し、日本学術振興会特別研究員となる。2014年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部の室長に就任。2019年から2023年まで、ヘルシンキ大学医学部の客員研究員としても活動する。2020年より一橋大学森有礼高等教育国際流動化機構准教授を経て、2022年4月より現職。
専門は発達心理学、障害科学、認知神経科学。子どもの発達とその障害をテーマに、基礎研究と臨床活動の両面に取りくんでいる。基礎研究では、学習障害などの発達につまずきのある子どもを対象に、認知発達や脳機能の解明をめざしている。臨床活動では、子どものアセスメントや支援を行い、一人ひとりに合った支援法の提案と地域社会への還元を行っている。

本人の困りごとに気づいて、支援につなげるのが大切

Q1 学習障害とはどのような特徴がみられるの?

A1 文字を読むことや書くこと、計算することなどに、著しい困難がみられる状態を指します


 学習障害とは、次の3つがあてはまる人を指します。
① 知的発達に明らかな遅れがない
② 学業に必要なスキルの習得や使用に、著しい困難がある
③ 家庭の養育環境や視力・聴力の著しい低下など、ほかの要因が直接の原因ではない

 とくに注目してほしいのが、①です。学習障害の子どもは「勉強のできない子」と誤解されがちですが、学習障害の子に知的な発達の明らかな遅れはありません。「知的な発達の明らかな遅れがない」とは、概ねIQが85以上ある人を指します。

 少し専門的なお話をすると、医学的には学習障害(LD: Learning Disabilities)という診断名はありません。

 医学的(ICD-10やDSM-5-TR)には、限局性学習症(SLD:Specific Learning Disorder)と呼ばれ、「読字(字を読む)」「書字(字を書く)」「算数(計算や推論)」の3つ(のうち1つもしくは複数)に困難を抱える人を指します。

 SLDは専門の検査を行い、その結果に基づいて医師が診断を行います。一方、教育現場では文部科学省の内容に従って、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」または「推論する」の6つ(のうち1つもしくは複数)に困難を抱える子どもを学習障害(LD)と呼んでいます。学校ではこちらのほうがなじみがあり、学業スキルに著しい困難を抱える子どもは「LD」と呼ばれることがあります。

 今回の特集記事でも、みなさんにわかりやすいように学習障害は「LD」という表記で統一してお話しします。ただし、SLDとLDは定義の違いから、学校で「LDの可能性がある」と言われても、病院では「SLDではない」と判断され、学校での支援判断と医学的な診断とが必ずしも一致しない場合があることは、ぜひ覚えておいてください。


 ところで、勉強が苦手な子はみんなLDなのでしょうか。決してそうではありません。LDとは「本人がきちんと勉強の機会を作り、勉強への意欲があるのに、学習に著しい困難を抱える」人のことを指します。単に勉強を怠けていたり、環境要因が影響したりして、やる気が出ないような子どもはLDと判断されないことが多くなります。さらに、LDは生まれつきの脳の働きの影響もあるので、「完全に症状がなくなる」ということは少ないのが現状です。

Q2 LDの子どもはどのような場面でつまずきやすいの?

A2 おもに学習面ですが、その子によって困難を感じる場面は違います


 LDの子どもがつまずくのは、学校や塾、家で宿題をしているときなど、学習の場面です。ただし、子どもによって抱える困難はさまざまで、字を書くことだけが苦手な子もいれば、書くのも読むのも算数も苦手な子もいるため、同じLDという名前であっても、つまずく場面は人によって違います。

 世間では「LD=文字が読めない子」という印象があるようですが、LDでも読字に問題のない子はいます。読字に困難を抱える子どもも、文字がまったく読めないわけではなく、文字を読むのが遅い、あるいは正しく読めない、文字を見て音にするのに時間がかかる、というのが正確な表現です。

 字を書くことが苦手な子どもの、つまずく場面も一律ではありません。たとえば、ひらがなの50音は書けても、小さい「ゅ」や「―(伸ばす音)」が入ると間違いやすくなったり、漢字のパーツを誤る、という子もいます。文字を思い出すことが難しい子もいれば、先生が書いたホワイトボードや黒板などの文字を自分のノートに書き写すことが難しい子もいます。


▲LDは、文字がまったく読めないわけではなく、文字を音にすることに時間がかかるため、結果として読むことが遅くなるという特徴を音読中の録音データからわかりやすく解説された北さん


 ノートへの書き写しは、一見すると単純な作業のように思われがちですが、実際には、先生の話を聞きながら、見た情報を理解し、少しの間覚えておきつつ書き写すという、複数の力を同時に使う、負荷の高い活動といえます。

 こうした「読む」ことや「書く」ことが困難な子は、まず小学校1~2年生で国語でつまずくことが多くなります。3~4年生になると、国語だけでなく理科や社会につまずくことが出てきます。

 なぜならば、理科や社会は教科書でも文字量が多く、「光合成」とか「三権分立」など、日常生活ではほとんど使わないようなことばがたくさん出てくるためです。理科や社会で使うことばは、会話ではなく、教科書の文字から知ることが中心となるため、読みのつまずきのある子どもたちにとっては、内容を理解することにも影響が出やすくなります。

 さらに5年生になると英語という難関が待ち受けます。まだ漢字につまずきのあるLDの子にとって、まったく違う読字・書字の体系をもつ英語まで覚えなくてはいけないのは、きわめて大変なことです。実際、英語を学び始めて初めてLDだと判明したという子も多くなってきました。

 一方、計算など算数に困難を抱える子は、「3」を「さん」と読むこと、3つのものがある状態を指すことが、頭の中でつながっていないことがあります。また、「1、2、3」という数の順番と、数が大きくなるほど量が増えることの関係性が理解できない子もいます。なかには同じ年齢の子が10秒でできる計算問題を、50秒以上かかったりするために、テスト時間内に問題を解き終えることが難しくなる子もいます。