お話をうかがったのは
一般社団法人 未来ぷらす舎
代表理事 松本 順子(まつもと じゅんこ)さん
教育業界歴49年。幼稚園教諭、幼児教室、保育士、保育園園長、エリアマネージャーの経験を活かし、保育業界最大手企業取締役、グループ会社代表取締役を歴任。現在は一般社団法人未来ぷらす舎の代表理事、研修講師を務める。鎌倉FM(fm82.8)では「スマイルギフト」(毎週水曜日21:30~)、「シーサイドカフェ828」(第三月曜日17:00~19:00生放送)では、「JunJun」の名前でパーソナリティも務める。

副代表理事 福嶋 亜矢(ふくしま あや)さん
待機児童問題の当事者となったことがきっかけで、一念発起して保育園を立ち上げ、大学時代に学んだ心理学の知識をもとに、心理学研修を数多く担当。現在は一般社団法人 未来ぷらす舎の副代表理事、研修講師を務め、実際の経験をもとに開発されたオリジナル研修が人気を集める。かながわ第三者評価者としても活動中で、発達特性のある子どもの母でもある。

その怒りは本当に子どものためなのか、冷静に自分の心を見つめてみましょう

Q1 いけないとわかっているのに、ついきつく子どもを叱ってしまうのはなぜなの?

A1 怒りは心理的な偏りや脳の働きによるもの。理性で抑えるのが難しいからです


 発達特性は脳の特性なのだから、できないことが多くても仕方がない・・・と、よくわかっているはずなのに、同じことを何度伝えても子どもが応えてくれない、期待する行動を取ってくれないと感じてしまうと怒りがわいて、つい感情的に子どもを叱ってしまうものです。

 きついことばで子どもを責めたり、手を出してしまいそうになったり、物にあたってしまったり…。なぜ保護者は理性で怒りを抑えることが難しいのでしょうか。それにはいくつかの心理的な理由があるからなのです。

 一つめは、「生存者バイアス」。これは「生き残ったもの(=成功したもの)」だけを見て判断してしまう、心理的な偏りのことです。たとえば、投資で失敗した多くの人を見ずに、成功した人だけをみて、「努力すれば私だって成功できる」と思い込んでしまう状態を指します。

 保護者は、今までの人生でたくさんの成功体験を積み重ねています。それが今の保護者の価値観や考え方をかたち作っているのです。反対に、保護者には「これは絶対失敗する」という失敗経験もたくさんあるはずです。このため、子どもが失敗する道を選ぼうとすると、子どものためを思って「それをやったらダメ!」「こうしなければダメ!」と過剰に叱ってしまいます。つまり、保護者の成功体験からくる「~ねばならない」という規範意識が、そこから外れがちな発達特性のある子への怒りを生み出してしまうのです。

 さらに、自分が親や教師に厳しく指導され、「今の私があるのはあの厳しい指導のおかげ」と考える保護者もいて、「厳しさ」に価値を見いだしてしまうこともあるようです。

 もう一つが「処罰感情」。処罰感情は、人間の欲求の一つで、「悪いことをした人間にはそれに見合う罰を与えるべきだ」と感じる感情のことです。昨今、問題を起こした人をSNSで過剰に叩く行為がよく見られますが、あれも処罰感情の表れです。

 なぜ世のなかに処罰感情が蔓延しているかというと、悪いものが淘汰されると人はすっきりして気持ちよくなるからです。この「すっきり」が問題で、人は「すっきり」の快感を知ると、次にはもっと大きな「すっきり」を求めるようになり、やがては不正を正すことではなく、「すっきり」を得ることが目的になってしまうのです。

 保護者の怒りも同じで、最初は「子どものために」叱っていたはずが、いつの間にか「自分がすっきりするために」叱っている、というおかしな状態に陥ってしまうことがあります。「子ども」ではなく「私」が主語の怒りになっているのです。

 この処罰感情のコントロールは非常に難しいものです。なぜなら処罰感情が動き、自分が怒ったことによって子どもが自分の望む行動を取ると、脳の扁桃体から快感に関わる物質ドーパミンが過剰に分泌されてしまうからです。

 つまり、処罰感情による快感は脳の働きによるものなので、意志の力で押さえ込むことがなかなかできないのです。「快感」は、人にとってお金と同じような「報酬」です。脳が快感を得ることで人は「うれしい」「またやりたい」という気持ちになるのですが、それがよくない方向に積み重なると「怒ると快感という報酬を得られる」と脳に刻まれてしまいます。

 一方で、怒られ続けると子どもはどうなるでしょう。ことばをうまく操れない発達特性のある子たちは、保護者に言い返したりしないかもしれません。でも、強い非難のことばを浴びせられれば、心は確実に傷つきます。

 さらに、何でもかんでも保護者の指示を待ち、指示がなければ何もしない無気力の状態に陥ることもあります。「何もしない」ことが怒られない最善の方法だからです。親の都合のいい子を演じているうちに、子どもは自分が何をやりたいのか、将来どうなりたいのか、何もわからない、決められない人間に育ってしまう可能性があるようです。

 では、生存者バイアスや処罰感情に振り回されないためにはどうすればいいのでしょうか。大事なのは、こうしたものがあることを知り、自省することです。

 「私は今、自分の『~ねばならない』のために子どもを叱っていないか?」「処罰感情で怒りの沼にハマっているのかもしれない」と、一歩引いて冷静になり、自分を客観視することができれば、怒りが収まる場面も増えていくのではないでしょうか。


Q2 同じことを何度言っても子どもができないと、怒りがわくのはどうしたらいいの?

A2 子どもの特性をよく理解し、子どもに合った方法で伝えましょう


 発達特性のある子の場合、この「伝わらない」という状況が怒りを生む大きな原因になっています。保護者は頑張って何度も何度も伝えているのに、子どもはそれを受け止めてくれない。すると「なんでわからないのよ!」という思いにかられてしまうのです。

 まず大事なことは、子どもの特性について保護者も勉強する必要がある、ということです。子どもの特性をある程度わかっていなければ、その子に理解できるような伝え方をすることはできません。反対に「この子はことばではうまく伝わらないけど、視覚を通じてならわかってくれる」と理解していれば、絵カードを使うなどしてこちらの意図を伝えることができます。

 こうした理由から、保護者にはぜひ子どもに発達検査や知能検査を受けさせてみてほしいと思います。こうした検査を敬遠する方も少なくありませんが、検査は診断名をつけるために受けるものではありません。

 その子がどんな能力に長けていて、どんなことが苦手なのかを知るためのものです。つまり、子どもを上手に育てる指針をつくるために受けるものなのです。結果が出たら、その子が興味のあること、好きなこと、得意なことなど、伸ばしていい「特性」に積極的にアプローチしていきましょう。すると、子どもの自己肯定感が上がり、保護者も子どものよい面に意識を向けられるようになります。