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 ヤンキーの小林くんと転校生の宇野くんは、どちらも「普通」のことを「普通」にするのが難しい男子高校生。彼らがそれぞれ壁にぶつかりながらも、日常を生きるために奮闘する友情物語「君と宇宙を歩くために」で、マンガ大賞2024受賞・宝島社『このマンガがすごい!2025』オトコ編第1位にランクインしたマンガ家・泥ノ田 犬彦(どろのだ いぬひこ)さん。そんな泥ノ田さんに、作品の制作背景や、生きづらさを抱える若者たちへの表現者としての思いについて、すばるコレクト運営の生田目康道がお聞きしました。(取材:2025年7月29日)

※泥ノ田さんのご意向でペンネームをイメージさせた黒い犬のマスクをつけて登場いただいています(ペンネーム:マンガを描くときのご自身がまるで泥の中でもがく犬のイメージだというところから表現されたそう)。

【作品について】 
※この記事は「君と宇宙を歩くために」単行本第4巻(第16話)までの内容を含みます。
●「君と宇宙を歩くために」

勉強もバイトも続かないドロップアウトぎみなヤンキーの小林。ある日彼のクラスに変わり者の宇野が転校してくる。小林が先輩から怪しいバイトに誘われているところを宇野に助けられ、その出来事をきっかけに2人の距離は縮む。宇野のことを知れば知るほど彼の生き方に惹かれ、自分も変わろうと行動する小林だったが…。「普通」ができない正反対の2人がそれぞれ壁にぶつかりながらも楽しく生きるために奮闘する友情物語。
(KODANSHAウェブサイトよりhttps://www.kodansha.co.jp/titles/1000045255

↓WEB版はこちら
https://comic-days.com/episode/4856001361225662498

苦手を補うためにツールを使うことはかっこわるいことなんかじゃない

生田目康道(以下、生田目):今回は、講談社様にお邪魔して、生きづらさを抱える若者たちを主人公にしたマンガ「君と宇宙を歩くために」で、マンガ大賞2024を受賞された泥ノ田犬彦先生にお時間をいただきました。泥ノ田先生、どうぞよろしくお願いいたします。

泥ノ田犬彦さん(以下、泥ノ田):こちらこそよろしくお願いいたします。

生田目:さっそくですが、泥ノ田先生がこの作品を描かれた意図についてお聞かせください。

泥ノ田:はい。いちばんの理由は、宇野くんのようなキャラクターが主人公として存在していて欲しいなと思ったからです。彼のような特徴をもつキャラクターは何か特別な才能をもっていたり、ほかを圧倒する能力をもっていたりするキャラクターとして描かれがちですが、そうではない、もっと日常を歩んでいく様を隣で見つめるような話が読んでみたいなと思い描き始めました。

そして、そこに影響されるキャラクターとして小林くんを登場させました。彼は派手な外見ですが、宇野くんと同じように生活を送るうえでの悩みがあって、宇野くんと出会うことで少しずつ考え方が変化していきます。大きくドラマチックなことは起きないけれど、普段の何気ない日常のなかにも大きな喜怒哀楽があったり、山あり谷ありだったり…そういうものを平成の時代をテーマに描くことで今と当時の良し悪しの比較が出来るかなと。

生田目:宇野くんと小林くんは、ある意味「生きづらさを抱えた若者が、どんなふうに社会のなかで生きていくのか」というロールモデルなのですね。

泥ノ田:そうなってくれたらいいですね。宇野くんや小林くんだけではなく、読者が登場人物の誰かのどこかしらに共感したり、「自分ならどうする?」と考えたりするきっかけにしてくれたなら、とてもうれしく思います。

生田目:私もヤンキーの小林くんを見て思ったことがあります。私の学生時代にも“不良”と呼ばれる人たちがいました。今考えると、彼らはもしかしたら生きづらさを抱えていて、苦しんで道を外れていったのかもしれません。

泥ノ田:宇野くんと出会うことで小林くんにも何か価値観の変化があってほしい、ということは1話を描いているときに念頭に置いていました。小林くんは自分が何に悩んでいるのかわからなくて、余計に悩んでいます。そういうことって少なからず誰しもあると思うんですが、でも現実で考えたときに自分は小林くんのような派手な雰囲気の人に進んで声をかけることができるだろうか…という葛藤があって。そこから彼のキャラクター造形が決まっていきました。


生田目:小林くんはアルバイトも経験しますよね。先生は、そこで小林くんがいろいろと学ぶ過程を表現されていますが、どのようにあそこまでリアルな想像と描写ができたんですか。

泥ノ田:私自身が小林くんタイプというか、あまり仕事が得意なほうではないので、アルバイトや就職をしていたときの苦い経験を思い返して描いています。メモをしたり、決まった動きをしたりしないと(していても…)作業を忘れてしまうところがあります。だから、学生時代のアルバイトでも、社会に出たときも、なんで自分はこんなにミスばかりをするんだろうってずっと悩んできました。マンガには、小林くんが山田さんというバイト先の先輩に「マニュアルを作ってみたらどうだろう?」と言ってもらうシーンがあるんですけど、あれは私自身の実体験です。

もともと私は「見て学べ」という方針の職場で働いていたのですが、何を見たらいいのか、何が正解なのか、怒られている自分は何がダメなのか、わかりませんでした。「見ればわかるじゃん」と言われても、私にはわからなかったんです。「なんでわかんないの?」って聞かれても、理由もわからない。「何が違うんだろう」とただただ悩んで一日が終わる感じでした。

ですが転職をして、「マニュアル…いわゆる手順書をつくってその通りにやると、一応は完成物ができあがる」という環境で働くようになってから、小林くんと同じように「バイト先で休憩に行くのが怖くない」と思えるようになりました。「休憩に行っている間に自分の悪口を言われているのではないか」とか、「誰かが私の仕事のミスを直していないか」というような不安がなくなったんですよね。


▲生きづらさを抱える宇野くんと小林くんが共鳴する、印象的なシーン。
「君と宇宙を歩くために」 第1巻(泥ノ田犬彦 著)より、許可を得て掲載。

生田目:
同じ仕事でも置かれた環境が変われば、仕事の進み具合ややり方も変わるんですね。

泥ノ田:ええ。私個人の話ではありますが、ものすごく楽になりました。そのような人はきっと大勢いると思います。転職した会社で手順書をつくる立場になったとき、自分よりもその作業が苦手な方に意見を聞いたりどうやったら覚えやすいか尋ねたりしたこともありました。一部先鋭の環境も大切ですが、全体の底上げをしたほうが最終的な進行速度が早くなると思ったからです。

たとえば、ボタンを順に押すとき、「テープで下に1、2、3、4と書いて順番通りに押す」という誰が見てもわかる仕様にしておけば、今まで10分かかった作業が5分でできるかもしれません。迷う時間がなくなるとそれだけストレスもなくなりますし、「ミスしたらどうしよう」というプレッシャーによるミスも減ります。

生田目:小林くんの仕事マニュアルと同じように、作中には宇野くんがノートに書き留めている注意事項がたくさん出てきますよね。そこに、発達支援の分野で行うソーシャルスキルトレーニング(SST)※1の内容も含まれている。「人前で泣いてはいけない」や、「人の嫌がることを言ってはいけない」ということも書いてある。あれもとてもリアリティがありました。

※1 ソーシャルスキルトレーニング(SST):対人関係や社会生活に必要なスキルを学ぶためのトレーニング。

泥ノ田:
「見て学べ」という会社にいたとき、私は今日やる仕事のメモを側に置いて、「これはやった」とか、「次は何時にこれをやる」というようなことを一つずつチェックしていました。でも、先輩から「作業を覚えてほしいからもうチェックリストは見ないで」と言われてしまって…。私は作業の理解が遅かったのと、次の作業を失念してしまうことが多かったので、メモを使わないようにしてからは仕事が全然できなくなってしまいました。その後部署が変わり、メモについて理解があり、仕事のリマインドもしてくれる先輩のもとについたおかげで、1日にやるべきことが把握でき、以前よりは幾分かスムーズに行動できるようになりました。

体で覚えるということももちろん大切だとは思うのですが、同時に、ツールを使って解決することが可能なのであればそれも非常に重要だと思っています。最終的に「できる」というゴールに向かえるのであれば、道具を活用することはズルくもダサくもないのではないか?というのが現時点での私の考えです。
そういう対応をして生活している人がいることを把握してほしい気持ちと、なかなかわかってもらえない現状を、このマンガに落とし込んでいるので、読者が「日常生活を送るための手段としてツールを使っている人がいる」ということを認識してくれたらいいなと思っています。

ツールを必要とする理由があり、さまざまな工夫をして日々生活をし働く人たちは、全然ダサくないし「すごくかっこいいよ」と。


▲バイトの先輩・山田さんから、小林くんが助言をもらうシーン。
「君と宇宙を歩くために」第1巻(泥ノ田犬彦 著)」より、許可を得て掲載。


生田目:
合理的配慮が必要なのか、努力で超えなければいけないのか、というところの社会の理解はまだまだ低い。このマンガはそうしたラインに気づく一助にもなりますね。

泥ノ田:努力や気合いではなんともならないものは確実にありますよね。自分の限界というか、「ここまではできるけど、ここからはできない」みたいなラインがあるじゃないですか。まずはそれを認識したうえで、それにプラスして何が必要なのかを考えていくことが、本人のためになるのではないでしょうか。でもそれってとてもエネルギーの必要な作業なので…そこを、読者の方があまり辛い気持ちにならないように表現できるといいなと思います。

生田目:たしかにそうですね。子どもを支援する側だけではなく、支援と配慮をされるべき子どもたちにもこのマンガを読んでもらえたら、「こういうときは周りやツールに頼ってもいいんだ」と気づくと思います。

泥ノ田:家族がどれだけ言っても子どもたちに伝わらないことが、先輩や、同じ立場の人、本などと出会って、価値観を共有すると伝わる。彼らから「自分はこうやって生きているよ。あなたはどうする?」と言われたら、また一つ道が開ける、みたいところはあるんじゃないかなと思います。誰といつ出会うかはタイミングだと思うのですが、どこかで道は多いということに気がつく転機があったらいいなと思います。

できない側の意見をたくさん述べましたが、社会は“できる人”たちのおかげで成り立つ部分もあるので、宇野くんや小林くんを注意したり責めたりする役割をもつキャラクターをただ意地悪な人たちの集合体として描きたくはありません。ことばづかいとか性格とかがどうしても合わない……!という人でも、とても教え方がうまかったり仕事が早かったり。人には様々な角度があると思うので、一方的な印象でだけ描くのはできるだけ避けたいなと考えています。いろいろな方が共感できるように、自分はどうかと振り返りながら読んでもらえるように、あえてことばの強い人物も登場させたりしていますが、その人の内面もどこかのタイミングで描けたらということは工夫していくつもりです。