相模女子大学の日戸 由刈(にっと ゆかり)さんは、自閉スペクトラム症(ASD)を中心に、
30年以上にわたる発達障がい児・者を対象とした臨床経験をもち、幼児期~成人期までのライフステージを通した支援に取りくんできました。現在は、インクルーシブな社会の実現を掲げて、障がいのある方一人ひとりの特性を活かしたかかわり方を探求する教育・支援を実践されています。そんな日戸先生に、発達特性のある子の自立に向けたアドバイスや、保護者がすべきサポートについて、すばるコレクト運営の生田目康道がお聞きしました。(取材:2025年7月10日)
家庭や学校・職場ではない「第3の場所」の重要性
生田目康道(以下、生田目):今回は、専門知識と臨床スキルを活かし、研究・教育・臨床の三位一体で発達障がい者支援に貢献するスペシャリスト、日戸由刈先生にお越しいただきました。日戸先生、どうぞよろしくお願いいたします。
日戸由刈(以下、日戸):よろしくお願いいたします。
生田目:先生にはすばるコレクト公開記念セミナー※1でご講演いただきました。本日はセミナーの内容も交えながら、発達特性のある人の進学・就労についてお話をお伺いしたいと思います。参加者は大変先生のお話に共感されていましたね!
※1 すばるコレクト主催で、7月に実施したセミナーで、日戸さんには「レジリエンス」(回復力・弾力性・反発力の意味。立ち直り力や折れない心を指す)と「自己肯定感」をはぐくむ支援についてお話しいただいた。
詳細についてはこちら→https://subarucollect.jp/detail/313/
日戸:そう言っていただきありがとうございます。もし共感してくださる方がいるのでしたら、それは私が20年以上の長きにわたって、横浜市総合リハビリテーションセンター(以下横浜リハセンター)に勤務していた臨床経験からだと思います。おかげで私が新人のころに出会ったたくさんの子どもたちの成長を、20歳、30歳を迎えるまで追いかけることができました。さらに、私の5歳年上の兄が最重度の知的障がいを伴う自閉スペクトラム症です。また実家が障がい者グループホームを運営していたこともあり、私には少なからず障がいのある方と一緒に長く生活する経験がありました。
発達障がい関連の書籍は、主に専門家や医師が執筆されることが多く、当事者の実際の生活を見ていないことも多いのかもしれません。だから、保護者や支援者は「物足りない」とか「そんなこと言われてもできないよ」と思うのかもしれませんね。
生田目:理屈はわかるけど、実際の生活に活かすのはなかなか難しいと思ってしまうんですよね。
日戸:私はたいてい「そんなの無理だよね」から話を始めます。「ストレスのない生き方なんてないよね」とか「親だっていつもいつもちゃんとした支援なんかできないよね」とか。だからこそ、「自己肯定感」と、ストレスを受けたときの立ち直り力や折れない心である「レジリエンス」が大変重要になってきます。
生田目:その部分についても後ほどお聞きしたいと思います。そうしたご経験から、先生の当事者と家族に寄り添う姿勢が共感を呼んでいるのでしょうね。素敵です。
先生は、「一人でできる」ことと「まったくできない」ことの間に「手伝ってもらってできる」ことがあって、そこを目標にしたらいいだろう、ともセミナーでおっしゃっていました。

日戸:保護者は「この子のために」と思うから、「一人でできるようにしなきゃ」って頑張らされる。迷信みたいな情報や机上の理論に影響を受けて焦ったり、訓練志向に陥ったり、なんとかできることが増えるように、ほかの子どもに追いつかせようと必死になったりする……。保護者もとても苦しんでいらっしゃると思います。
不安な保護者に必要なのは、先の見通しですよね。見通しがないままに知識がたくさん入ってくると不安になるので、まず楽観的な見通しをもってほしいです。日本も最近は支援や制度が充実してきたので、たとえば就労についてもさまざまな助けを借りればよいのです。まずは「なんとかなるさ」と思ったうえで、情報を集めていけるとよいですね。
「障害者雇用枠」での採用を嫌がる保護者もいますが、障害者雇用枠は単なる入口で、その会社で何年間か勤めて、うまくいくようなら正社員の試験を受けるような事例もあります。山のてっぺんに登るためにはいろいろなルートがあって、直線じゃなくても上へ行けるんだな、とわかってくると、保護者もだいぶ安心できると思うんです。就労であれば、途中で1回福祉就労を使ってみたり、進学については通信制高校を選択してみたり、今はそのような、“横道”がたくさんあるんですよ。
生田目:そのお話を聞いて、だいぶ保護者の気持ちは楽になりますね! 先生は「働くことなんて社会生活の一部でしかない」ともおっしゃっていましたね。
日戸:就労については、高度経済成長期の考え方がずっと続いているんですよね。「まずはお金を稼げるようになりましょう」「働いて自立したら、好きなことをやっていいですよ」って……。
私の体感ですが、学校の先生や年配の方にはそのような考えの方が多いような気がします。本当は、先に趣味や余暇のことを考えるべきなんです。余暇を上手に過ごすことは基本的な生活力の一つであり、大好きなものがあるって生きていくうえでとても大事なことですから。まずは好きなことをたくさんやらせてみて、「これをするためにはお金を稼がなきゃいけないから就職するぞ」という流れが理想です。
生田目:そのほうが本人の働くモチベーションにつながりますよね。

日戸:この間、文部科学省の方が大学のプログラム※2を見学にいらしたときに、「余暇の場があると、仕事がつらくなっても『余暇があるから頑張ろう』と思えるし、余暇の場で人に相談もできるから、余暇と就労はセットですよね」と言われました。官僚のなかにもそのような考えをもつ人が出てきたんだと思い、うれしくなりました。
※2 相模女子大学のインクルーシブ生涯学習プログラムのこと。日戸さんが立ち上げた、知的障がいや発達障がいの若者と大学生や市民が大学の場でともに学ぶプログラム。
詳細についてはこちら→相模女子大学ホームページ インクルーシブ生涯学習プログラム(https://www.sagami-wu.ac.jp/longlife/inclusive/)
生田目:余暇を過ごす場を見つけるのは難しくないのでしょうか? 発達特性のある子は興味の範囲が狭いともいいますよね。
日戸:保護者は「この子はこれにしか興味がないのか」って思うでしょうけど、こだわりや興味の対象って結構変わるんですよ。鉄道しか興味がなかった子が、数年後には別のものをとても好きになっていることがある。だからそんなに心配しなくても大丈夫です。保護者によっては、子どもの強みや好きなものを探そう、探そうと必死になりますが、無理に探しても絶対に見つかりません。本人が「楽しい」というものが「好きなもの」なんです。
生田目:それが子どものサードプレイス※3にもなる。
※3 サードプレイス:「第3の場所」の意味で、地域社会のなかで学校や職場が同じではない人同士がかかわり合い、「居心地がよい」と感じる場所のこと。第1の場所は家庭、第2の場所は学校や職場。
日戸:そうなんです。サードプレイスはできるだけたくさんあったほうがいい。なんならコンビニやカフェでもいいんですよ。バーチャル空間もサードプレイスの一つになります。ただ、バーチャルはすぐに接続を切ることができるので現実との落差が大きい。社会に慣れさせるという意味では、バーチャルだけでなく対面のサードプレイスもあったほうがいいと思います。サードプレイスがあることで、レジリエンスを高めることもできます。
生田目:その子の人生がトータルで幸せであり、QOL※4が高くあってほしいと願ったら、仕事だけでなく、コミュニティに属することも、きちんと日常生活が送れることも、健康に過ごすことも、すべて大事なことですものね。
※4 QOL: Quality of Life=クオリティ・オブ・ライフの略で、「生活の質」の意味。
日戸:発達特性のある子たちは、就職すると何年も同じ仕事をすることが多く、生活が単調になりやすいんです。職場と家の往復だけのマンネリ化した生活では心が豊かになりませんし、運動不足になったり食べることだけが楽しみになったりするので、若くして生活習慣病などにかかりやすい。職場ではなかなか友だちをつくるのが難しいので人付き合いの幅も狭くなっていく。だからこそサードプレイスは非常に大事なのですが、公的には支援されていないのですよね……。
生田目:同じ趣味をもつ仲間がいるサードプレイスなら横のつながりがつくれますし、行政などの支援とつながることもできますよね。
日戸:そうそう! 趣味の集まりに行っていると、行政や福祉の支援が必要な人には誰かしらが情報を教えてくれる可能性も広がりますよね。だから、地域のつながりやサードプレイスがあれば、そこを足掛かりになんとかなる人は多いんです。やはり社会生活においては孤立しないことがいちばん大事ですね。障がい者の家族会や地域の親の会のようなものは多くあり、地域に密着した情報交換をしています。本人に対しても、こうした集いの場があるとよいですね。












